DANCER'S COLUM

2026-09-12

あなたにとって「仮面」とは?

今回は、もう少し「仮面」について深掘りしてみたいと思います。

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仮面と聞いて思い浮かぶもののひとつに、ヴェネツィアの仮面舞踏会があります。

華やかな衣装と仮面を身につけ、身分や立場を超えて人々が交わる。

そこでは、仮面をつけることで「誰であるか」を一度手放すことができました。

けれど、仮面が面白いのは、顔につけるものだけではありません。

私たちは日常の中でも、無意識に仮面をつけています。

そして、もうひとつ。

私たちは、相手にも仮面をつけて見ているのではないでしょうか。

「この人は怖そう」
「きっと私のことを嫌っている」
「こういう人だから、きっとこう考えるはず」

そう思っているとき、私たちは本当の相手を見ているようで、実は自分の経験や思い込みというフィルターを通して、その人を見ています。

『オペラ座の怪人』の怪人も、そうだったのかもしれません。

彼は自ら仮面をつけ、素顔を隠していました。

けれど同時に、周囲からも「怪人」という仮面をつけられていた。

「醜い」
「恐ろしい」
「普通ではない」

そう見られることを恐れ、傷つき、やがて自分自身もその仮面を受け入れてしまう。

けれど、もし一度その仮面を外して、相手を客観的に見てみたら。

自分が怖いと思っていた相手は、実はそんなことを思っていなかった。

嫌われていると思っていたけれど、相手は何も気にしていなかった。

「きっとこうだ」と思っていたことは、相手の本心ではなく、自分の中にある不安や過去の経験が作り出したものだった。

そんな経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。

仮面は、自分を守るためにつけるもの。

でも、ときにはその仮面が、自分の目まで覆ってしまう。

『オペラ座の怪人』には、さまざまな解釈があります。

FDLがこの物語で描きたかったのは、単純に「醜い怪人の悲しい愛」ではありません。

仮面をつけているのは、怪人だけではない。

自分を守るために仮面をつけることもあれば、
自分の思い込みで、誰かに仮面をつけてしまうこともある。

だからこそ、仮面を外したときに初めて見えるものがある。

相手の本当の顔。

そして、もしかすると——
自分自身の本当の顔も。

DEAR 2026 “the Masquerade”。

今夜、あなたがつける仮面。

それは誰かに見せるためのものなのか。

それとも、あなた自身が何かを見つめ直すためのものなのか。

あなたが、仮面で隠しているものはなんですか?

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