DANCER'S COLUM
あなたにとって「仮面」とは?
今回は、もう少し「仮面」について深掘りしてみたいと思います。

仮面と聞いて思い浮かぶもののひとつに、ヴェネツィアの仮面舞踏会があります。
華やかな衣装と仮面を身につけ、身分や立場を超えて人々が交わる。
そこでは、仮面をつけることで「誰であるか」を一度手放すことができました。
けれど、仮面が面白いのは、顔につけるものだけではありません。
私たちは日常の中でも、無意識に仮面をつけています。
そして、もうひとつ。
私たちは、相手にも仮面をつけて見ているのではないでしょうか。
「この人は怖そう」
「きっと私のことを嫌っている」
「こういう人だから、きっとこう考えるはず」
そう思っているとき、私たちは本当の相手を見ているようで、実は自分の経験や思い込みというフィルターを通して、その人を見ています。
『オペラ座の怪人』の怪人も、そうだったのかもしれません。
彼は自ら仮面をつけ、素顔を隠していました。
けれど同時に、周囲からも「怪人」という仮面をつけられていた。
「醜い」
「恐ろしい」
「普通ではない」
そう見られることを恐れ、傷つき、やがて自分自身もその仮面を受け入れてしまう。
けれど、もし一度その仮面を外して、相手を客観的に見てみたら。
自分が怖いと思っていた相手は、実はそんなことを思っていなかった。
嫌われていると思っていたけれど、相手は何も気にしていなかった。
「きっとこうだ」と思っていたことは、相手の本心ではなく、自分の中にある不安や過去の経験が作り出したものだった。
そんな経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
仮面は、自分を守るためにつけるもの。
でも、ときにはその仮面が、自分の目まで覆ってしまう。
『オペラ座の怪人』には、さまざまな解釈があります。
FDLがこの物語で描きたかったのは、単純に「醜い怪人の悲しい愛」ではありません。
仮面をつけているのは、怪人だけではない。
自分を守るために仮面をつけることもあれば、
自分の思い込みで、誰かに仮面をつけてしまうこともある。
だからこそ、仮面を外したときに初めて見えるものがある。
相手の本当の顔。
そして、もしかすると——
自分自身の本当の顔も。
DEAR 2026 “the Masquerade”。
今夜、あなたがつける仮面。
それは誰かに見せるためのものなのか。
それとも、あなた自身が何かを見つめ直すためのものなのか。
あなたが、仮面で隠しているものはなんですか?
